「謎の独立国家ソマリランド」を読んで、アフリカの角・ソマリから学んだこと。
知り合いが昔話題にしていて聞いたことがあった、「ソマリランド」。当時はよくわからず「ソマリアなら知ってるけど」と聞き流していたけれど、きっとこの本のことを言ってたんだなあと5年以上経ってわかりました。
その本が、ノンフィクションライター・高野秀行氏の『謎の独立国家ソマリランド』。
今国際的に認められていながらも、無政府状態がしばらく続いたりと混乱の続くソマリアと、その一部で平和に“国”として機能している「ソマリランド」。著者がその存在や成り立ちに興味を持ち、ソマリランドと、同じく「ソマリア」内の“プントランド”や首都モガディショに出かけていくノンフィクションです。
この本で描かれる旅そのものも、そこから得られた発見の描写も本当に面白い作品でした。
そして何と言っても、旅行記としても心底面白くて惹き込まれるのと同時に、小難しい説明でなくいつの間にか「壮大なテーマ」にたどり着くのが、心底嬉しい驚きでした。日本と全く違う仕組みで成り立つ社会を著者とともに垣間見て、いろんなことを考えさせられました。
面白かったところをあげるとキリがないくらいですが、心底なるほど!と思えたことや考えさせられたことを何点か紹介します。
本の内容
章立て
あらすじ紹介の代わりに、章立てを載せておきます。
- 謎の未確認国家ソマリランド
- 奇跡の平和国家の秘密
- 大飢饉フィーバーの裏側
- バック・トゥ・ザ・ソマリランド
- 謎の海賊国家プントランド
- リアル北斗の拳 戦国モガディショ
- ハイパー民主主義国家ソマリランドの謎
ソマリとは
ソマリ語を話す「ソマリ人」は、もともと遊牧民で、アフリカ東部の「アフリカの角」と呼ばれる一帯にいます。
19世紀の西欧諸国によるアフリカ進出で、その一帯は
- イギリス領「ソマリランド」
- イタリア領「ソマリア」
- フランスが小さな港町を植民地として占領、のちに「ジブチ」と名付ける
- イギリスが植民地にしたケニアにもソマリ人が住んでいた
- エチオピアにもソマリ人が住んでいる
という状況になり、ソマリ人は5つの国に分断されることに。(参考:p160)
そして、ソマリランドとソマリアが独立した際に合併し、今の枠組の「ソマリア」になったわけです。「アフリカの角」の沿岸線に合わせたような形の国になっています。
※おまけ:こういう「アフリカの国の成り立ち」に関係して、以前「色々あるギニア」等について調べました。西欧諸国の身勝手さ…。
読んで考えさせられたこと・学んだこと
イスラームが生まれた背景。遊牧民・氏族・契約社会の仕組み
これまでアラブを始めとする中東の社会を、現地でも、本や映画でも色々見てきました。そして、もともと遊牧民を意味する「アラブ」の社会で生まれたイスラームという宗教の考え方も、それなりに知ってきたつもりです。
しかし、アラビア半島の対岸にあるソマリ社会、およびその伝統を維持しているソマリランドをこの本を通して知って、イスラームが生まれた背景でもある「遊牧民の社会」「氏族社会」「契約をベースにする社会」というものがようやく腑に落ちた気がします。本当に、イスラームを知る上での隠れた名著・必読書と言ってもいいのではないか?とすら思っています。
遊牧民にとっての氏族=定住民にとっての住所という話(p102)には超納得したし、「新しい問題には新しい解決策を見つけることも伝統のうち」(p494)という言葉にはしびれました。かっこよすぎる…。そしてそれはイスラームにも通じる考え方です。
支援とは?「国際社会」とは?
「国際社会」の途上国への「支援」って何なんだろう、と考えさせられる描写がいくつかありました。
一つは、現地で著者を案内するソマリランド人ワイヤッブの「国際社会に認められたら援助のカネが来て汚職だらけになる」(p141)という言葉。
一方モガディショで見た国際的な物質の支援などについても、腐敗や横流しがなくても費用がかかる+腐敗はもちろんある(p431)ということ。そして極め付けの著者の言葉。「トラブルを起こせば起こすだけ、カネが外から送られてくる」「モガディショはトラブル全般が基幹産業なのである」(p433)。
支援を受けるような途上国・難民キャンプの住民は、自活を考えず支援に頼り切るのが当たり前になってしまっている、みたいなことはこれまでも見聞きしてきました。しかし今回こういう言葉や描写を読んで「そういうことなのか…!」ととても腑に落ちました。
前からなんとなく思ってはいたけれど、カネの支援もモノの支援もこういうことに繋がりかねないのだなと、改めて気づかされました。
また、 “支援”を行う「国際社会」、端的には国連について、著者は「高級な会員制クラブ」に例えていて、そのブラックジョークのような描写はたまらなく痛快でした。
反面、いったん、入会すると基本的に終身会員なので、あとは破産しようが犯罪を犯そうが、退会させられることはめったにない。旧ソマリアのように、すでに会員本人が意識不明に陥り二十年近く経ってもそれを認めず、莫大なカネをつぎ込んで蘇生させようとしている。(p529より)
本当はいろんな形があって良い、“国”や“民主主義”
私には、「近代化(=西欧化)」「資本主義」「民主主義」など、当たり前に良いこととされているけど本当だろうか?ちゃんと自分なりに理解して納得したい!という思いが高校生くらいからずっとありました。
中東に興味を持ったのも、今の世界の基盤となる考えを生んだ欧米と、その文化や考え方を受け入れてきた日本に対して、中東は全く違う「第三軸」としてテロなどで“欧米に抗っている”ように見えたから。
そんな私としては、ソマリ社会の
- 無政府状態でも、学校や病院は氏族ごとに運営される“氏営”で事足りている(p385〜)
- 国という体制や政府ありきで決まっていく“上からの民主主義”でなく、氏族同士の契約や町と町という関係から組み上がっていく「下からの民主主義」(p487)
というあり方は、とても刺激的で、「これこそあるべき姿じゃないか」と思わされました。
中東の情勢などを見ていると、「強いリーダーが押さえつける形でしか、社会が保てないのではないだろうか」「中東に民主主義は合うんだろうか」とも思うのですが、実はソマリのように、いろんな形の「自治」「民主主義」がある。それを、欧米をはじめ「国際社会」が認めないだけなのではないかと思いました。一方で日本も、いまいち“日本流の民主主義”を作れてないのではないかとも思います。
説明的でも抽象的でもなく、著者と一緒に現地の人や文化に触れて驚いたり面白がったりできるのは、ノンフィクションならでは。よりその地を、そこに住む人を、具体的に頭の中で想像することができて、身近にも感じられます。
そしてこの本は、気軽に読み進められるけれど、展開や深い洞察に驚かされ、引き込まれ連れていかれるような、「頭の中も旅できる旅行記」といった感じでした。
いや〜、面白かった。久々に、「これはすごい」という余韻が残る本と出会いました。
私は、興味関心とも予想外に合致したのでとても面白く読めたけれど、どんな人でも楽しめる作品だと思います。ぜひ一度手にとってみてください。