ふーみんLABO(仮)

26歳女が「納得できる自己紹介」を目指して執筆中。エコ・節約・映画など、私の頭の中を可視化するため、とりあえず色々書いてみようという実験です。

「人間だけが“貯める”ことができるのが、諸悪の根源」。「自分のお金じゃない」という感覚、滞らせず循環させることを大事にしたい。

今月中旬、朝日新聞が主催で「朝日地球会議」なるシンポジウムがオンライン配信で開かれていました。

大きくは「希望と行動が世界を変える」というテーマに沿って、5日間にわたりいろんなセッションが開かれ、無料で聴講することができました。今はアーカイブの配信もあります。

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最近私は、その場に行かなくても参加できるオンラインのセミナーを色々活用して、久々に視野を広げたり刺激を受けようと思っていて、ちょうど何か面白いものがないか探していました。それで参加したシンポジウムだったのですが、いくつか発見がありました。

いちばん大きな発見・学びは、題にも引用した「人間だけが“貯める”ことができるのが、諸悪の根源」という話を聞けたこと。生物学者福岡伸一氏が「教育とケアから考える『利他』」というセッションで話していたことでした。

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話をこちらで改めて引用しておくと、こんな話をされていました。

(司会)「何でも自分で独り占めしようとするのは、余っても自分のものにするのは人間だけみたいな…嫌だなあって気がしますよね」

(福岡氏)「人間だけがですね、貯めるっていうことができる、っていうことがね、諸悪の根源なんですよ。他の生物は貯めると腐るし、だめになるし、エントロピーが増大するだけなんで、捨てざるを得ないわけですよね。人間は貨幣とか、土地とか、労働とかあらゆるものを貯めて、ロゴスの力で私有するようになってしまったというところにね、問題があるので、それをできるだけフローに変えるっていうことが利他じゃないかなって思います」

(上記ページの動画33分頃から文字起こし)

この話、本当に同感だし、私が感じていた違和感や持っている金銭観ってこれで説明できるな!と思いました。

 

2年半前、初めてまとまった額の寄付をしました。と言っても3000円ですが。ソマリアなどで若者のギャングがテロに加担する前に社会復帰の支援をするという「アクセプト・インターナショナル」という団体が事業のための寄付金を募集していて、「関わりたい」と強く思い、いちばん小さい額の枠で寄付をしました。

この団体のことは学生時代から知っていて、めちゃくちゃかっこいいな!と心底尊敬している団体です。加害者となってしまう人たちが巻き込まれている悪循環を切る、という点は、この数年関心があるテーマでもあります。というか今振り返れば、この団体の活動からまず知った視点だと思われます。

(以前見たドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」。刑務所で受刑者が自分の過去や心の傷、やってしまったことを振り返り“回復”していく人たちを追っています↓)

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寄付に使ったお金は、色々あって手元にあった親からの小遣い。そんなわけで、「自分のお金じゃないし、良いことに使われるのだから、使っちゃえ〜!」みたいなテンションで寄付しました。

その「自分のお金じゃない」という感覚は、その時はそのまま「親のお金」であって、意味するところは「自分のお金より“重み”がない」「気負わず使っていいもの」と言ったところ。我ながらなかなか無責任な感覚だと思いました。

だけどその一方で感じた、「ああ、これが“お金”というものなのかも」という新境地。たとえ自分が仕事などで稼いだお金であっても、「自分のお金じゃない」という感覚は間違ってない、という感覚が残りました。

その感覚を今解像してみると、今・その時手元にあれば「自分のお金」かもしれないけれど、それはただ「その時」でしかなくて、偶然のようなもの。自分の努力で稼いだ!と思っても、いろんな支えや仕組み、巡り合わせ、偶然があってその時手元にやってきたというだけ。そして一度手放せばそれは自分のお金ではなくなる。

――というと、似たようなメッセージのCMもありましたね↓(これは「現金の不確実性」という視点だけど)

youtu.be

 

その感覚をどこか脳裏に置いて聞いた、福岡氏の言葉。自分の感覚を裏打ちしてくれたように思えました。

私はこの5年ほど、「できるだけ、大地の上のもので暮らしたい」という志向でいます。大地の上のものは、放置すれば腐るけれど、風を通して手入れをすれば、時を経てより良くもなる。しまいには自然に還る。地下深くから掘り出された石油や、それを元に作られたプラスチックは、出来上がったら劣化するばかりで、捨て方も困るしストレス。できるだけ頼らないで暮らしたいと思っています。

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そういう志向を横においても、メンタルの調子を崩す時は「自分が腐っていく、滞る感覚」があり、だからこそブログや日記などでアウトプットしたり、適度に友達と連絡をとって話したりするようにしています。インプットとアウトプットのバランスを保つこと、そのための時間や仕組みを作ることが最近の自分のテーマ。

あと体のこととしても、銭湯で水風呂と熱めのお湯の「交互浴」をするのが好きなのですが、毛細血管が開いて呼吸が深くなったり、血や酸素が末端まで行き渡り始める感覚が好きなのです。夏以外は白湯を飲みまくるのも、血を滞らせないため、という感覚。

そして、「もったいない・まだ使えると言って物を溜めた結果」の権化とも言える、「物の間に人が住む」ような実家に暮らし、「“貯める”デメリット」を目の当たりにする毎日。だから私は「物が使われてないこと自体がもったいない・無駄」と思っていて、メルカリを始め中古品の売買を好み、手に負える・管理できる量の物だけを持ちたいと思っています。

mizukifukui.hatenablog.com

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また、大きい話をすると、日本では国民が持っている資産の中で預金の割合が大きすぎることが指摘されていて、投資などに回っていない・流動性がないと言われています。

金融資産構成比を欧米と比較すると(中略)日本の現預金比率は50%を上回っており、欧米と大きな隔たりがある。

個人金融資産1900兆円、現預金急増、 「貯蓄から投資」へ -資産デフレ回避の今こそ資産運用に【高田レポート】|投資情報局|岡三オンライン証券株式会社

そして将来に備えた資産形成という点でも、「預金しているだけでは目減りする時代」「投資に回そう」ということをよく聞きます。

お金を現金のまま持ち続けた場合、インフレが進行すると、金額が同じでもその実質的価値は目減りします。

どうして資産形成が必要なの? | 三菱UFJ銀行

こういうのを見聞きして、私も「少しでも余剰資金が生まれれば株式投資などをしよう」という心構えでいて、「てか投資の前に全然払ってない年金を追納しよう」などと考えて、猶予されていた年金を追納してみたりしています。

そして去年からのコロナ禍により、身近なところでクラウドファンディングが増え、初めて出資を行い、「良い取り組みにお金を出す」という経験がまた増えました。

(地元横浜のミニシアター、ジャック&ベティのクラファンも参加↓)

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そんな状況と価値観の私に降ってきた福岡氏の言葉。生活スタイルや感覚の上では大事にしたいと思ってきた「自然に、循環させる」という価値観は、お金にも適用できることだったんだ!と腑に落ちました。

「自分のお金だ」と思いすぎると、得るのに苦労したことを思い出して簡単に使えなくなる、と私は感じています。もちろん自分が稼いだ達成感などは大事にしたいものなのですが、「自分のお金じゃない」という感覚で社会に還元していきたいと思っています。

 

ついでに言うと、他のセッションでも、「滞らせない」ということや「流動性」について話されていました。それは「日本経済の新陳代謝」というテーマのセッションで、「人材の流動性」という視点での話題。

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岩崎氏の話が特に象徴的だったので引用しておきます↓。

「ある組織だったり国だったり人の集まりを生物として例えたときに、人材の流動性ってある種血液がちゃんと巡っているかっていう話だと思うんですね」「もっともっとこれから成長していく国としては人材の流動性、血液、血の巡りを良くするっていうのは非常に重要なこと」

(動画20:20頃から文字起こし)

前から感じていたことではあるけど、人間や生物の健康と同じく、お金も人材も「滞らせない」ということが大切で、その分いまの日本には「滞ってる」現状があるのだなあと感じました。

「滞らせず流していく大切さ」や、滞った時に陥る状況は、コロナ禍が教えてくれたことでもあります。お金も、自分が持ってる能力ややる気も、無駄に貯めない、腐らせない。適切な場所、納得できる対象に使っていく。これからも心がけていきたいことを、改めて教えてくれたシンポジウムでした。